仙台高等裁判所 昭和61年(ネ)111号 判決 1988年5月30日
控訴人
光洋地所株式会社
右代表者代表取締役
依田進
右訴訟代理人弁護士
南木武輝
被控訴人
学校法人竜沢学館
右代表者理事
龍沢トヨ
右訴訟代理人弁護士
大沢三郎
被控訴人
龍沢休美
右訴訟代理人弁護士
安達孝一
主文
一 原判決を次のとおり変更する。
1 被控訴人らは、各自控訴人に対し金八〇〇万円及びこれに対する昭和五七年六月二四日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
2 控訴人の被控訴人らに対する本位的請求及び前号の金額をこえる予備的請求をいずれも棄却する。
二 控訴人の被控訴人龍沢休美に対する当審における予備的新請求を棄却する。
三 訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを二分し、その一を控訴人の、残余を被控訴人らの各負担とする。
四 第一項1号の部分は仮りに執行することができる。
事実
第一 申立
一 控訴代理人は、「原判決を取り消す。(原審以来の請求として主位的及び予備的(一)に)被控訴人らは控訴人に対し各自金一九九一万二二六〇円及びこれに対する昭和五七年六月二四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。(当審における新請求として予備的(二)に)被控訴人龍沢は控訴人に対し金一〇六五万一〇〇〇円及びこれに対する右同日から支払ずみまで右同率の金員を支払え。訴訟費用は第一・二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、各被控訴代理人はいずれも、「控訴を棄却する。当審における新請求を棄却する。控訴費用は、控訴人の負担とする。」との判決を求めた。
第二 控訴人の請求の原因等
一 控訴人は不動産の売買、仲介等を営業目的とする株式会社であり、被控訴人学校法人竜沢学館(以下被控訴法人という。)は学校教育を目的とし学校教育法等により設立された学校法人、被控訴人龍沢休美(以下、被控訴人龍沢という。)は被控訴法人の代表権を有する理事でありかつ被控訴法人の設置する竜沢高等学校(以下単に竜沢高校という。)の学校長の地位を兼ねていた者である。
二1 被控訴法人は、昭和五四年頃、竜沢高校の敷地が手狭であつたため、校長である被控訴人龍沢が中心となつて他に移転することを計画し、同年七月ころ、盛岡市上鹿妻飯ノ森九八番四、山林七万二〇五六平方メートル(以下、本件土地という。)をその移転候補地とするとともに既存の同高校敷地を売却処分する方針を決定した。
2 控訴人はその代表者の知人(菅原源作、以下菅原という。)を介して被控訴法人の右計画を知るとともに、同人から本件土地買収の斡旋について協力方を求められたので、当時本件土地の所有者であつた訴外野村不動産株式会社(以下、野村不動産という。)との間で売買斡旋の交渉をするについて、被控訴法人の買収意思を記載した書面の交付方を、菅原を介して要求したところ、昭和五四年九月七日、「竜沢高等学校々長龍沢休美」の作成名義により、「本件土地を竜沢高校の移転先土地として買い受けたい。」旨の書面が控訴人に届けられた。
3 そこで、控訴人は本件土地所有者の野村不動産と土地売買の斡旋について交渉したところ、同会社は被控訴法人と面識がないため、被控訴法人が本件土地の買収を希望する場合には、直接の売買を避けて一旦控訴人が買い取つて被控訴法人に転売する形式をとつてほしい旨の要望があつたので、同年九月二八日、控訴人代表者は被控訴人龍沢と面接し、その意向を確めたところ、同人から「早急に本件土地を買い受けたいので、その買収を控訴人に一任する」旨の意向が示された。
4 控訴人代表者は、被控訴人龍沢から示された右の意向と野村不動産の前記希望に従い、控訴人が一旦本件土地を野村不動産から買取りのうえ被控訴法人に移転する形式により本件土地買収の斡旋をすることにし、同年一〇月一二日、先ず国土利用計画法による届出として、控訴人と野村不動産との連名により岩手県知事宛の「控訴人が本件土地を取得後、学校用地として造成し竜沢高校の用地として被控訴法人に売り渡す」旨を明記した土地売買等届出書を作成して、所管課の盛岡市都市計画課に提出するとともに、同日、控訴人代表者と被控訴法人の理事である被控訴人龍沢との間において本件土地の買収に関し次のとおりの委任及び準委任契約(以下、本件委任契約という。)を結んだ。
(一) 被控訴法人は控訴人に対し、控訴人が自己の名で、野村不動産から本件土地を学校用地として被控訴法人のために購入することを委任する。右購入契約は、岩手県知事に対する国土利用計画法に基づく届出手続が完了した時点で直ちに締結する。
(二) 控訴人は本件土地購入後、境界確定、測量の実施及び学校施設建築に必要な開発手続等を行う。
(三) 被控訴法人は、控訴人が支出する本件土地購入代金、土地造成費及び控訴人の報酬を加算した諸経費一切を含んだ適正価格を控訴人と協議決定し、本件土地をその価格で控訴人から買い受けることにするが、それまでの土地買収代金、造成費その他委任事務遂行に伴う諸費用は控訴人が負担する。
(四) 竜沢高校移転の敷地は本件土地のみでは不足なので、その隣接土地も、土地所有者らから買収するが、その買収手続も被控訴法人から控訴人に一任する。
5 同年一〇月一五日、被控訴人龍沢が盛岡市都市計画課において、竜沢高校の本件土地への移転が被控訴法人の確定した計画である旨を説明したところから、同日、前記国土利用計画法に基づく土地売買等届出書が受理され、同年一一月一九日、岩手県土地利用対策課からの連絡指示により価格を二五六五万一九三六円と確定し、更に、同年同月二一日付により同県知事から国土利用計画法二四条一項に基づく勧告措置を発動しない旨の通知があり、これにより、同法による届出に関する手続は完了した。
三 そこで、控訴人は、前記委任の趣旨に従い、同年一一月二八日野村不動産との間で、同会社から本件土地を代金二五六五万一〇〇〇円で買い受ける旨の契約を締結し、同日代金の内金五六五万一〇〇〇円を同会社に支払い、残金は同年一二月二〇日支払の約束をした。
また控訴人は本件土地の隣接地の買収交渉をも進め、同年一一月には買収について地主らの了解を取り、地主らと被控訴法人との直接売買の契約を結ぶ段取りをして、前記法律に基づく届出関係の書類を被控訴人龍沢に交付するまでに至つた。
四 しかるに、被控訴人龍沢は控訴人に対して本件土地の買収に付帯する隣接地の買収に絡み、先に被控訴法人の理事者間における意思統一をみないままに控訴人との間で本件委任契約を結んでいたことから、同年一二月六日に至り、高校移転の計画について被控訴法人の理事長龍沢トヨ(被控訴人龍沢の継母)の同意が得られないために竜沢高校の移転計画を中止するほかはないが、隣接地を除き本件土地のみを被控訴法人の資金三〇〇〇万円で引取る旨を、更にその翌日には、右代金を翌週中に送金する旨を、それぞれ控訴人代表者に申し入れてきた。
そして、同年一二月一八日、竜沢高校において、控訴人代表者、被控訴人龍沢及び被控訴法人の事務長である龍沢正美らが善後処置について交渉した結果、次のとおりの合意が成立した。
1 竜沢高校移転の計画は中止するが、本件土地は被控訴法人が控訴人から二五六五万一九三六円で取得する。
2 被控訴法人は、理事者間で協議のうえその支払時期及び方法を定めて控訴人に通知することとし、その支払は遅くとも昭和五五年一月一〇日までに履行する。
3 被控訴人龍沢は、被控訴法人との共同責任により右金員の支払をする。
五 控訴人は、右四の合意がなされたところから、その翌々日である昭和五四年一二月二〇日売買代金の残金二〇〇〇万円を野村不動産に支払つたが、同年同月二五日に至り、被控訴人龍沢から控訴人代表者に対し、同被控訴人と被控訴法人の理事長との意見の相違から、被控訴法人の前記合意による金員の支払が困難であるが、同被控訴人が個人としてその支払をなす旨を言明し、その翌日にも被控訴法人の予備校事務室においてその趣旨及び昭和五五年一月一〇日限りその支払をなす旨を確認した。
六 しかし、控訴人から被控訴人龍沢に対し、右金員の支払を催促したが支払がなく、最終的には昭和五七年七月二〇日までの期限を定めて催告をしたが結局支払がなかつた。そこで控訴人は、本件土地を代金一五〇〇万円で他に売却処分してその代金を回収したものの、被控訴人龍沢が支払を約した少くとも二五六五万一〇〇〇円との差額一〇六五万一〇〇〇円はいまだに回収されていない。
七 以上の事実関係に基づき被控訴人らが負うべき責任は次のとおりである。
1 被控訴法人の責任
(一) 本件土地の買収に関する前記二4の本件委任契約(昭和五四年一〇月一二日締結)は、被控訴法人の理事として代表権を有する被控訴人龍沢が被控訴法人のために結んだものであつて(理事長の同意の有無は、理事者間の意思調整の問題で代表権とは無関係)、控訴人と被控訴法人との間に右契約の効力が生じたものであるところ、控訴人が右契約に定めた委任の趣旨に基づいて本件土地を野村不動産から買い受けて三及び五記載の代金(合件二五六五万一〇〇〇円)を支払い、かつ後記の如く諸費用を支弁したところ、これらの費用は委任事務処理の費用に当るので民法六五〇条に従い、その費用中、六記載の土地売却による回収分を除いた額(その計算関係は後記のとおり)は被控訴法人がこれを控訴人に対して償還すべき義務がある。
(二) かりに、被控訴法人の代表権が理事者たる龍沢トヨのみに限定され、被控訴人龍沢がその代表権を有しなかつたとしてもそれは理事の代表権に加えた制限であるところ被控訴法人の法人登記簿には被控訴人龍沢が理事として登載されているのであり、控訴人は善意で本件委任契約を結んだものであるから被控訴法人は右代表権の制限をもつて控訴人に対抗しえず右(一)と同内容の責任を負うべきである。なお右代表権の制限と控訴人の善意についての間接事実は後記八に補足するとおりである。
(三) かりに、以上の理由がないとしても、被控訴法人は、民法一〇九条の類推により、被控訴人龍沢が被控訴法人の代表権を有する理事として行動し、契約を結んだ本件委任契約について右(一)と同内容の責任を負うべきである。
すなわち、被控訴人龍沢は、本件委任契約を結ぶに当り控訴人代表者に対し、「被控訴法人が竜沢高校の校舎移転先として本件土地の買収を決めており、買収資金として、三〇〇〇万円を用意していること、自己が竜沢高校の最高責任者として校舎移転問題のすべてを任されていること」の趣旨を言明した。
そして、控訴人は、「被控訴人龍沢が、竜沢高校の校長であること、以前から竜沢高校が移転先を探し求めていたこと、同被控訴人は既に本件土地所有者(当時)の野村不動産が従来から依頼していた岡崎不動産鑑定士とともに現地を見て学校適地として判断していたこと、本件土地売買はいずれにしても国土利用計画法の適用があり、岩手県又は盛岡市役所から被控訴法人に対し、『学校用地として控訴人から本件土地を購入し、学校を建築することが確定しているか否かの確認の手続』が履践されることとなつていたこと」などの諸事情からして、右の被控訴人龍沢の言葉を信じて本件委任契約を結んだものである。控訴人が被控訴人龍沢の右の言葉を信じたことは、右の諸事情からすれば正当な理由があつたというべきであるから、民法一〇九条を類推適用し、被控訴法人は本件委任契約について(一)と同様の責任を免れないというべきである。
(四) かりに、以上の(一)ないし(三)の理由がないとすれば、被控訴人龍沢が被控訴法人の理事として控訴人との間で本件委任契約を結んだのは、同被控訴人が法人を代表すべき権限がなく、したがつて被控訴法人と控訴人との間に本件土地買収の委託に関する有効な契約関係を生じさせることができないおそれがあるのに拘らず、敢て、その代表権があり、有効な契約関係を生じさせることができるかの如く装つて控訴人代表者を偽り、控訴人代表者をして、有効な委任契約の成立により、被控訴法人から本件土地買収についての権限を受け、それに基づく事務処理を遂行しうるものと誤信させることにより本件委任契約を結ぶに至らしめた(かりに本件委任契約が成立しなかつたとしても、委任契約が成立したかの如く外観を作出し、控訴人代表者をその旨誤信するに至らしめた)ものである。
しかして、控訴人は、その代表者が右の如き誤信に陥つたことにより、委任事務処理のために前記三及び五記載のとおり野村不動産との間で本件土地の売買契約を結ぶとともにその代金合計二五六五万一〇〇〇円を支払い、かつ、後述3の諸費用を支弁したが、これらの費用は、もし、控訴人代表者において右の如き誤信をすることがなければ被控訴法人のために右の如き事務処理をすることもなく、したがつて支出する必要がなかつたものである。しかして、控訴人はその支出をし、本件土地については右代価によりこれを買い受けたものの、昭和五七年一〇月一二日をもつて盛岡市広域都市計画区域に指定された(野村不動産からの買収当時においてもそれは予測されていたが)結果学校施設の用に供する場合の如く特別の場合の外は一般に用途が制限されるために格安の価格で処分せざるをえず、結局、一五〇〇万円の価値を有するにすぎない(その価格で他に処分したが、その時、指定は必至であつた。)こととなり、この価額と支出額との差額(一〇六五万一〇〇〇円)は控訴人の損失となつているものであるし、そのほか後述3の如く右事務処理のために諸費用を支弁し、これも控訴人の損失となつているものである。
これらの損失は被控訴人龍沢の故意又は過失に基づく不法行為に基づいて控訴人が受けた損害に当たるから被控訴法人は、その理事である被控訴人龍沢の右不法行為により控訴人に生じた損害について、民法四四条により賠償義務を負うべきである。
2 被控訴人龍沢の責任
(一) 被控訴人龍沢は前記四のとおり、昭和五四年一二月一八日、竜沢高校でなされた合意において、自己が、被控訴法人の債務について共同責任(連帯責任)を負うことを約したので、被控訴人の本件委任契約に基づく債務について控訴人に対し同一内容の責任を負うべきである。
(二) もし、右の理由がないとしても、被控訴人龍沢は右1(四)のとおり不法行為をなした本人であるから、民法七〇九条により控訴人が受けた損害(1(四)記載の差額及び後記諸費用を含む。)を賠償すべき義務がある。
(三) かりに以上の理由がないとしても、被控訴人龍沢は前記四及び五のとおり、昭和五四年一二月一八日の合意及びその後の意思確認において、本件土地を昭和五五年一月一〇日までに、控訴人から少なくとも代金二五六五万一〇〇〇円で買い受けることを約束したのに、控訴人から度々その支払を催告し、最終的には昭和五七年七月二〇日までの期限を定めて催告したが、その履行をしなかつたので、控訴人は前述1(四)のとおり本件土地を一五〇〇万円で他に売却処分せざるをえなかつた。その結果差額の一〇六五万一〇〇〇円は、同被控訴人の債務不履行(契約が履行されれば得べかりし利益の喪失)による損害であるから、同被控訴人は、少なくとも、右差額の損害賠償をなすべきである。
3 委任事務処理に要した費用中、未回収の分は次のとおりである。これは主位的責任として被控訴法人及び被控訴人龍沢(連帯責任)が償還責任を負う委任事務処理の費用であるとともに、予備的責任として不法行為に基づく行為者自身及び法人の賠償責任を負う損害に当るものである。
(一) 本件土地購入代金と売却代金との差額
一〇六五万一〇〇〇円
(二) 本件土地購入の契約書印紙代
一万円
(三) 同所有権移転登記等の費用
七万二一一〇円
(四) 本件土地取得税
三万二四九〇円
(五) 本件土地保有税(昭和五四年から同五六年まで)
一〇八万〇九九〇円
(六) 本件土地固定資産税
四万六九九〇円
(七) 本件土地購入代金の利息
六四一万二五〇〇円
(年利率一〇パーセント昭和五四年一一月二九日から昭和五七年五月三一日まで)
(八) 本件土地測量関係費用
一〇五万八〇八〇円
(九) 控訴人代表者盛岡出張費用(一七回分)
五四万八一〇〇円
以上合計 一九九一万二二六〇円
4 よつて、被控訴人らに対し、次のとおりの支払を求める。
被控訴人ら各自に対し、主位的請求(民法六五〇条)及び予備的請求(同四四条、七〇九条)(一)として一九九一万二二六〇円及びこれに対する訴状送達日の翌日である昭和五七年六月二四日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、被控訴人龍沢に対して、更に予備的請求(同四一五条)(二)として(当審新請求)一〇六五万一〇〇〇円及びこれに対する右同日から完済まで右同率による遅延損害金の支払をそれぞれ求める。
八 被控訴法人の理事の代表権の制限及び控訴人の善意についての補足主張
1 私立学校法三七条一項は、理事がすべて代表権を有することを原則としているものであるところ、被控訴法人は同法二八条、組合等登記令二条四号に基づき被控訴人龍沢を含む理事六名について役員登記を経由している。
学校法人の理事の登記は、沿革的には、昭和三九年三月の組合等登記令の施行前は、学校法人登記令に基づいてなされていたが、同令一条2には、登記すべき事項として「役員の氏名及び住所」、「理事の代表権を制限した場合にはその制限」が掲げられていたので、代表権を有しない理事は登記上明白であつた。
しかし、組合等登記令においては、登記すべき事項について「代表権を有する者の氏名、住所及び資格」(二条四号)と定められたため、前記政令と対比すると組合等登記令のもとでは代表権を有しない理事は登記しない建前となつたのである。
ところで、私立学校法三六条には学校法人の業務は理事の過半数をもつて決する旨の規定があり、被控訴法人の定款(乙第二号証)一四条にも同旨の規定があるが、これらは法人内部の業務処理方法にすぎず、理事の代表権に加えた制限には当らない(最判昭和五八年六月二一日、判例時報一〇八二号四五頁参照)ので、被控訴人龍沢の代表権に加えた制限としては、右定款一六条の理事長以外の理事の代表権についての制限がこれに当り、また、もし本件土地の買収とその委託が定款二一条所定の評議員会の議決事項であるとすれば、これもまた理事の代表権に加えた制限に当る(前掲最判参照)。しかし、前段の点については、被控訴人龍沢が理事として登記されているので第三者が理事の代表権を有するものと信ずるのは自然であるばかりか、被控訴人龍沢は被控訴法人が設置した竜沢高校の校長であるところ、私立学校法三八条によると、私立学校法人の設置する学校の校長は当然に法人の理事となるものとされており、被控訴法人の定款においても、竜沢高校の校長はその地位にある限り被控訴法人の理事及び評議員に任ぜられるものと定められている(六条、二三条)のであつて、このように被控訴人龍沢が校長として高い地位にあることと、同人が本件委任契約及びこれに伴う本件土地買収の交渉の過程において採つた前述の各行動態度並びに同人が昭和五四年一〇月一五日本件土地買収に関して盛岡市役所都市計画課に出頭し竜沢高校の移転計画について事情聴取に応じて移転計画とその理由を説明し、更にそれを記載した文書を提出して、盛岡市当局者をして、土地利用調整委員会に諮門のうえ学校用地取得の目的に誤りがない旨の意見を岩手県知事に具申するに至らせる等、盛岡市当局者も被控訴人龍沢を被控訴法人の代表者であり、学校移転問題の最高責任者と理解していたことよりすれば、控訴人代表者が被控訴人龍沢に代表権があるものと信じたのは当然のことであるし、また後段の評議員会の議決の点についても、控訴人は寄附行為の内容を全く知らなかつたものであり、取引に当り、逐一寄附行為を調査しなければならないものでもないから、いずれにしても、以上の代表権の制限について、控訴人は善意であり、かつ、善意であつたことに故意又は重大な過失はなかつたものである。
第三 被控訴人らの認否、反論及び抗弁
一 被控訴法人
1 請求の原因一の事実は認める。
2 同二ないし八の事実中、七1(二)及び八の主張のうち被控訴人龍沢が被控訴法人の理事として登記されていること(但し代表権はない。)、同四の昭和五四年一二月一八日控訴人主張の関係者らの折衝がなされたことは認める。
同二1の学校移転の計画を樹てその方針を決定したとの点、同四の昭和五四年一二月一八日控訴人主張の契約が成立したとの点、同七1(二)ないし(四)のうち、控訴人が被控訴人龍沢の代表権がなかつたことについて善意であつたとの点、民法一〇九条を類推すべき事由があるとの点、同七3の費用の支出の点はいずれも否認する。
その余の主張事実は不知。
評議員会の議決に関する法律上の主張は争う(後に詳説する。)。
同七1の被控訴法人の費用償還及び損害賠償責任をいずれも争う。
3 控訴人は被控訴人龍沢が代表権を有しなかつた点について悪意であつたか、かりに善意であつたとしても重大な過失によりその事実を知らなかつたものである。
すなわち、私立学校法三五条二項は学校法人においては理事長を必置すべきことを規定し、大部分の学校法人においては理事長のみが代表権を有し一般の理事には代表権がないのが通常であつて、このことは一般の人々にも理解されているところである。
そして、控訴人代表者は、野村不動産から本件土地を購入する際に同会社の役員から学校法人の内部における責任体制が明確でないことが往々ありうることの警告ないし注意を受けていたのである。
また、私立学校法三六条により学校法人の業務は理事の過半数をもつて決することとされているのであり、控訴人は本件土地買収の如き、理事の常務外の事務に関して委任契約を結ぶ場合には、控訴人代表者において、被控訴人龍沢が、本件土地の買収及びその事務の委託について理事会の議決を経ているか否かを調査確認すべきものである。
したがつて、控訴人は被控訴人龍沢に代表権がないことを知つていたものであるし、かりにそれを知らなかつたとしても、本件委任契約を結ぶに当り、相手方の契約担当者である被控訴人龍沢の権限の有無を調査すべきが通常であるから、少くとも理事会の決議の有無を調査すれば、被控訴人龍沢の代表権のないことをも知り得た筈であつてその点の調査を怠つたために知りえなかつたとしても控訴人に重大な過失があつたというべきである。
4 かりに、被控訴人龍沢の代表又は代理行為により被控訴法人との間に本件委任契約が成立したとしても、それは被控訴法人の評議員会の議決を経ていないので契約の効力が生ぜず無効である。
すなわち、私立学校法四二条一項には、その一号ないし六号所定の事項について理事長があらかじめ評議員会の意見を聴かなければならないと規定し、同条二項にはこれについて寄附行為をもつて評議員会の議決を要するものとすることができると規定しているところ、被控訴法人の定款二一条(2)号には「予算外の新たな義務の負担又は権利の放棄」を、評議員会の議決を経なければならない事項の一つに掲げている。
しかして、もし、本件委任契約が成立しその効力が生じる場合においては、被控訴法人は控訴人に対し、費用償還、報酬、土地代金等を支払う義務が発生することは必定であり、その契約は被控訴法人にとつては新たな予算外の義務負担となることは明らかであるから、本件委任契約を締結するにはそれについて評議員会の議決を要するのである。
そして、右評議員会の議決は、理事が当該の行為をするについての権限の発生要件であり、単なる理事の代表権に加えた制限に止まるものではないから、その議決を経ないでなされた理事の行為は、その行為の相手方の善意、悪意を問わず無効というべきであり(大審判大正一五年一二月一七日、同年(オ)第一二二一号事件、同昭和九年三月三〇日、昭和八年(オ)第二八八五号事件参照)、したがつて、被控訴人龍沢が評議員会の議決を経ないで結んだ本件委任契約は、無効である。
5 控訴人は、民法一〇九条の表見代理責任を主張するが、同条の表見代理責任発生の要件である授権の表示又はこれを表徴する事実に関する主張がなされていず、その主張自体失当というべきである。
6 かりに、本件委任契約が有効であるとしても、本件委任契約は、控訴人の主張によれば、「被控訴法人が控訴人の支出する本件土地代金、土地造成費及び控訴人の報酬を加算した諸経費一切を含んだ適正価格を控訴人との協議のうえ速やかに決定し、本件土地を買い受けることとするが、それまでの本件土地購入・造成に要する費用等、本件委任契約の事務遂行に伴う諸費用は控訴人が負担する」との定めであり、昭和五四年一二月一八日には更に、右契約の趣旨につき、「控訴人と被控訴法人との間で代金を二五六五万一九三六円と定めて、被控訴法人が本件土地を買い受けることを約した」というのである。してみると、同日の右約旨により、被控訴法人が土地代金二五六五万一九三六円の支払義務を負担したことはともかくとして、その余の諸費用は控訴人が負担すべきものであり、被控訴法人にはそもそもその償還義務がない筈である。
そして、右土地代金二五六五万一九三六円の支払義務についても、控訴人は本件委任契約に定めた右趣旨に基づきその対価に見合った価値を有する本件土地を被控訴法人に給付すべき義務を負つているのであるところ、控訴人は、本件委任契約を解消せずその効力を維持しながら、本件土地を被控訴法人に給付せずに、他に売却処分したので、被控訴法人はこれにより少くとも本件土地の価値相当の二五六五万一〇〇〇円の損害を蒙り、その損害賠償債権を取得した。そして、右土地代金支払義務と、この損害賠償義務とが相殺適状にあるから、本訴において双方の債務を対当額で相殺したので、土地代金支払義務は一九三六円を残して消滅した。
控訴人は、本件土地を一五〇〇万円で他に売却処分したと主張するが、その額は余りに低廉に過ぎ、これを基準にして費用償還義務や損害賠償義務の額を定めることは妥当でない。
すなわち、控訴人は、本件土地を二五六五万一〇〇〇円で購入したのに、一五〇〇万円で売却処分せざるを得なかつたとし、その理由として本件土地の広域都市計画区域指定という事情の変更を挙げているが、右の指定は昭和五七年一〇月一二日になされたものであるから、売却当時は、いまだ、右計画区域に指定されていず、購入時と売却時とで価格変動の要因となるべき事情の変化はなく、価格を下げて売却すべき必然性はなかつたのである。
そのうえ、本件土地についての購入直前の昭和五四年一〇月当時の価格鑑定は、その八五パーセントの面積を占める部分を林地(杉)用に供するのを最も効率的なものとして一五一八万九〇〇〇円と評価し、残余の一五パーセントの面積の部分を宅地用に適する見込地として一〇二六万七〇〇〇円と評価しているのであり、八五パーセントの部分については学校用地に用いられない場合においても、一五〇〇万円以上の価値があるものであり、控訴人が本件土地の全部を一五〇〇万円で売却したのは余りに低廉にすぎ、控訴人が本件土地を売却処分した昭和五七年六月当時においても本件土地は二五六五万一〇〇〇円を下らない時価を有していたものである。
二 被控訴人龍沢
1 請求の原因一の事実は認める。
2 同二1、2の事実は否認する。
同3の事実中、被控訴人龍沢が昭和五四年九月二八日控訴人代表者と面談した事実は認めるが、その余の事実は否認する。
3 同4の事実は否認する。控訴人は同年一〇月一二日本件委任契約が成立したと主張するが、この点についての反論は後に補足するとおりである。
4 同5の事実中、控訴人龍沢が高校移転が確定した計画である旨を盛岡市都市計画課担当者に言明したとの点は否認し、その余の事実は不知。
5 同三の事実は不知。
6 同四の事実中、被控訴人龍沢が同年一二月六日控訴人代表者と面談したこと、理事長龍沢トヨが、同被控訴人の継母であること、同年同月一八日控訴人代表者、被控訴人龍沢及び被控訴法人の事務長龍沢正美らが竜沢高校において交渉したことは認めるが、その余の事実は否認する。
7 同五の事実中、控訴人が本件土地の残代金を支払つたとの点は不知。同年一二月二五日被訴人龍沢が控訴人代表者と面談したことは認めるか、控訴人主張の如き約束をしたとの点は否認する。
8 同六の事実は、催促とその支払をしないことを除き不知。
9 同七2及び4の責任を争い、同3の費用支出の点は不知。
この責任及び費用支出に関してはのちに補足する。
10 本件委任契約が成立したとの主張に対する反論
控訴人が本件委任契約成立の根拠とする甲第四号証は、未完成であるばかりか、契約当事者間においてその取り交しもなされていないものである。委任契約は不要式の諾成契約であるとしても、本件委任契約の如き内容や金額規模の契約を結ぶ場合には契約書の作成、署名、捺印を終えることによつて契約の成立とみるのが通常であり、甲第四号証の如き文書が作成されたことによつては、本件委任契約が成立したものとすることはできない。
また、控訴人は被控訴人龍沢が、被控訴法人の理事としてその代表者又は代理人の資格により本件委任契約を結んだと主張するけれども、控訴人代表者は宅建業の取引主任者の資格を有する者であつて、被控訴人龍沢の外に代表者たる理事長が存在することを契約交渉に当り知つていた筈であり、もし、それを知らなかつたとしても、その点につき控訴人代表者に重大な過失があつたものであるから、本件委任契約がかりに成立したとしても、効力が生じないものである。
11 昭和五四年一二月一八日の交渉とその合意についての補足主張と抗弁
控訴人は、被控訴法人が右同日、昭和五五年一月一〇日限り代金二五六五万一九三六円を支払うとの約旨により本件土地を買い受ける旨を合意し、被控訴人龍沢がその連帯責任を負うことを約したと主張している。
この事実は否認するが、控訴人は、原審において本件委任契約が合意解除されたとの前提のもとに右合意が成立したと主張してきたのであり、当審において、本件委任契約の合意解除の主張を撤回したから右合意、したがつて被控訴人龍沢の連帯責任に関する主張は、その前提を失つたものであり、撤回されたものと解すべきである。
12 次に、控訴人は、当審において被控訴人龍沢が右合意において、個人として本件土地を代金二五六五万一〇〇〇円により買受けることを約したとの主張を予備的に追加したが、その根拠とする被控訴人龍沢作成の文書(甲第六号証)の末尾には、「竜沢高等学校々長龍沢休美」と記載してその名下に校長印が押捺されているのであり、右合意は、被控訴人龍沢個人の意思表示とは認め難いものである。
かりに、右合意が被控訴人龍沢個人の意思表示と認められるとしても、それは、次に述べる如き控訴人代表者らの強迫に基づく意思表示に当るから、本訴においてその意思表示を取り消す。
すなわち、右同日、控訴人代表者らは午前一〇時頃、突然竜沢高校を訪れ、同日午後四時頃まで居すわつて、その間被控訴人龍沢に昼食もとらせず、実質的に同人を軟禁状態にして高校長の事務処理にも支障を及ぼさせ、同人を甚だしい困惑状態にして、その状況下において右合意の趣旨を記載した甲第六号証を作成するに至らしめたものである。
13 費用の支出とその償還ないし、損害賠償についての反論
控訴人の主張によれば、本件委任契約においては、学校用地の取得に関する諸費用につき、被控訴法人との協議によりその負担すべき費用を定めることとされた(甲第四号証の四条二項)というのに、控訴人の本訴請求においては、控訴人が負担すべきものとされた通常の費用の外借入金利息までを委任事務処理費用の償還又は損害賠償の請求の対象としており不当である。
第四 抗弁に対する控訴人の認否及び反論
一 被控訴法人の相殺の主張及び本件土地の処分価格について
相殺の自働債権たる損害賠償債権の存在は否認する。
控訴人は被控訴法人に対して再三にわたり本件土地の引取りを要請し、その引取りがないときは他に転売する旨を通告した(甲第七号証、第九号証)が、被控訴法人は引取りを拒絶した。控訴人は本件土地を保有し続けることにより年額七三万七〇四〇円の土地保有税を納付する義務を負う(甲第四〇号証の一)ほか固定資産税、借入金利息を負担することになるため、止むなく他に売却することにしたものである。このように、被控訴法人が自ら本件土地の引取りを拒んだうえ、転売についての通告に対し回答しなかつたことは、適正価格により転売することについて黙示的に同意したものとみるべきであるから、控訴人が他に転売し目的物を被控訴法人に給付しえなくなつたとしても、その処分価格が適正である以上は、そのことにより被控訴法人が損害を受けることはありえない。そして、本件土地の転売価格を一五〇〇万円としたのは、転売時の昭和五七年六月当時、近い将来本件土地が広域都市計画区域に編入され(同年一〇月一二日指定)、原則として建物の建築が禁止されることが不動産取引関係者の間に情報として流れており、公共的建物である学校用建物の建築のためには問題がない(従つて本件土地を購入した時点での価格決定は適正であつた)ものの、その目的が挫折した以上は、本件土地全体を林地として売却せざるを得ず、一五〇〇万円(甲第二号証の鑑定においても当時一七八六万円と評価されている。)で売却したことは不当に低廉な売却価格とはいえない。
本件における控訴人の請求においては右処分による回収金額を控除しているのであるから、被控訴法人の損害賠償請求権はない。
二 評議員会の議決について
評議員会の議決が契約の効力発生の絶対的な要件ではなく、単に理事の代表権に加えた制限にすぎず、善意の第三者に対抗しえない性質のものであることは前述のとおりである。
三 被控訴人龍沢の、「主位的請求の前提を失つた」との主張について
原判決の事実摘示においては、昭和五四年一二月一八日の竜沢高校での交渉において本件委任契約が解除された如く記載されているが、同日の話合においては単に学校移転の計画を中止することとされたに止まり本件土地の買収に関する委任ないし準委任(本件委任)契約を持続することを前提としてその善後処置が取り決められるとともに、被控訴人龍沢の連帯責任が約されたものであることは、原判決の事実摘示全体の趣旨からも明らかであり、「解除」の文言は誤解を招くので、当審においてその文言を用いないことの趣旨を明らかにしたが、控訴人の主張は、前後同一であり、被控訴人龍沢の右主張は当らない。
四 被控訴人龍沢の強迫による意思表示の取消について
右主張の強迫の事実は否認する。
第五 証拠関係は<省略>
理由
一請求の原因一の事実は当事者間に争いがない。
二控訴人の本訴請求は、主位的請求及び予備的請求の全部について、本件委任契約の成否及び効力の有無に基本的な関係を有するものであるから、以下に、右の点の考察を進める。
<証拠>を綜合すると、本件委任契約についての関係当事者間における折衝の経過は次のとおりであつたことが認められる。
1 被控訴法人は、もと滝沢予備校が基本となつて被控訴人龍沢の父龍沢福美(昭和五〇年一〇月死去)の創立にかかるもので昭和三七年一一月三〇日付で寄附行為(昭和三八年三月一四日認可)を作成し、昭和三八年四月一日設立の登記を経た学校教育を目的とする学校法人であり、滝沢高校の外幼稚園、予備校を経営し、創立以来、七名の理事のうち、被控訴人龍沢の継母に当たる龍沢トヨが理事長の職に就き、寄附行為の代表権の制限規定に基づいて理事長たる同人のみが法人の代表権を有する者として専属的にその権限を行使して来、他方同法人の設置する滝沢高校の校長である被控訴人龍沢は、寄附行為の定めにより校長たる地位に従つて当然に理事及び評議員の職を兼ね、代表権はないものの同高校についてその業務執行権を有して同高校の運営に当つて来たものである。ところで同高校は昭和五四年当時校舎建築後十数年を経過して老朽化し、かつ予定の生徒数に比して手狭となつたので、被控訴人龍沢はかねてより同高校の既存の敷地売却による獲得資金と一部手持資金とをもとに、学校用地の買収及び同高校の移転、拡充を計画してきたのであるが自己の継母であり被控訴法人の理事長として代表権を独占してきた龍沢トヨとはとかく反りが合わず、同高校の運営等に関しては被控訴法人の事務長である実弟龍沢正美とは相談することがあるものの、理事長とは殆んど意見を交わすこともなく、平素同高校の運営を自己独自の判断で行つてきた状態であつて、同高校の移転と拡充を図る右計画はこれを直ちには理事長らに諮り難い事情にあつた。
しかし、同年七月頃になり、被控訴人龍沢の右意図を知つた不動産業者ら、ことに控訴人代表者と知人関係にあり、また控訴人の嘱託の肩書使用を許されていた訴外菅原源作が同高校の移転先として武蔵野美術大学の所有地の話を持ち込んで来たことから、右企図が具体化するに至り、同土地買収の話は結局実現しないでしまつたものの、その後菅原の仲介により控訴人が野村不動産所有の盛岡市上鹿妻第二地割字飯ノ森九八番四山林七万二〇五六平方メートル(七町二反一七歩、本件土地)及びその隣接土地(訴外富士銀行職員ら七人の共有地等)を移転先として、被控訴人龍沢を相手に斡旋を始めたことから、同高校移転のための用地買収の話がいよいよ現実化するに至つた。
2 控訴人代表者は前記菅原を介して滝沢高校の校長である被控訴人龍沢が学校移転のため用地として右物件に着目していることを知り、対象土地中の大部を占める土地所有者である野村不動産及びその隣接土地所有者らと買収斡旋の手続を進めることを決め、買受人側から委託を受けたことの根拠とするため、右菅原を介して同年八月頃買収委託の旨を記載した書面の交付方を被控訴人龍沢に要求した。
被控訴人龍沢はこれに対し、本来、同高校の移転先用地の買収問題は理事の常務に属しない事項であつて被控訴法人の理事会の議決を経て決められるべき性格のものであり、またその行為により予算外の新たな義務の負担を伴うので寄附行為二一条の定めにより被控訴法人の評議員会の議決を要するものであるうえ、とりわけ被控訴人龍沢自身には理事ではあつても寄附行為の代表権制限規定により被控訴法人を代表する資格はなく、自己単独の意思のみにより被控訴法人のために移転先用地の買収斡旋を委託することは許されない立場にあつたのに拘らず、前述の如く代表者たる理事長との意思疎通を欠き、また同高校の運営を事実上独擅してきたという事情から、後日それらの手続を経、また理事長にも話してその同意を得ることが可能であるとの予測のもとに、以上の諸手順を践まずに自己単独の意思により、その頃竜沢高校々長の肩書を付した被控訴人龍沢の名により野村不動産所有の前記九八番四山林七町二反一七歩(本件土地)を同高校移転の最適地と考えるので譲渡してほしい旨を記載した書面を、校長の職印を押捺して作成し(甲第一号証)、これを前記菅原を介して控訴人代表者に交付した。
3 控訴人代表者は被控訴法人の法人登記簿や寄附行為の調査をなさず、したがつて被控訴法人内部の以上の如き職制を知らないままに、被控訴人龍沢が被控訴法人の代表権を有し、被控訴法人の意思として同高校移転のための用地買収を意欲するとともに、前記書面の交付によりその買収斡旋を書面に基づいて依頼してきたものと判断し、土地所有者の野村不動産と予備交渉を進めたところ、野村不動産は、買受人の被控訴法人の信用状態を知らないことを理由に、被控訴法人との直接の売買を拒み、野村不動産から控訴人へ、控訴人から被控訴法人へと順次売買の形式を践むことを希望したところから、控訴人と被控訴人龍沢との間で幾度か折衝を重ねたすえ、昭和五四年一〇月一二日、「被控訴法人が前記野村不動産所有の九八番四山林(本件土地)及びその隣接地の九八番三の四、七四番、七七番の一・二、七六番、七八番、七九番土地を、不動産鑑定士の鑑定価格をもとに学校用地として買収すること、ただし、これらの土地は、控訴人が各地権者から一旦控訴人の費用で買い取り、その費用で必要な造成をしたうえ、右鑑定価格をもとに後に協議で定める価額により被控訴法人に売り渡すこと」を骨子とする合意が被控訴人龍沢との間で成立した。
そこで、控訴人代表者は、同日、右野村不動産所有地について被控訴法人に学校用地として転売する目的のもとに自己がこれを買い受けるのについて、国土利用計画法にもとづく所轄岩手県知事に対する「土地売買等届出書」(甲第三号証の二)を、野村不動産と控訴人との連名により作成して盛岡市役所担当課に提出したが、同担当課は、被控訴法人の学校用地取得の意思確認のうえ受・否を決するとのことで、同届出書の受理は一旦保留となつた(のちに同年同月一五日付で受理された。)。
一方控訴人代表者は、右の同年同月一二日の被控訴人龍沢との合意の趣旨を記載した「学校用地取得に関する契約書」(甲第四号証はその控え)を作り、控訴人の押印をしたもの二通を被控訴人龍沢に送付して、被控訴法人の署名押印とその一通の返送方を求めた(後述のように、この書面には、被控訴法人の代表者が押印せず、遂に返送されないでしまつた。)。
そして、同年同月一五日には被控訴人龍沢が盛岡市役所の担当課に赴いて前記国土利用計画法に基づく届出に関して、売買対象の野村不動産所有地を被控訴法人において竜沢高校の学校用地として取得する意図であることを説明するとともに、同日控訴人代表者との間で、更に右野村不動産所有地以外の隣接地の処置や、用地取得後の計画推進等について折衝を重ねた。しかし、被控訴人龍沢はこれらの折衝及び土地買収の委嘱を自己の独断で行い、被控訴法人の理事者等役員及び事務長にもいまだそのことを明らかにしていなかつた。
被控訴人龍沢からの右説明を受けた盛岡市役所の担当課は、竜沢高校の校長たる地位にある同人から受けた前記説明の趣旨が被控訴法人の意思に誤りはないとの心証を得て、その翌日付で前記国土利用計画法に基づく届出書を受理し、その頃岩手県知事に対しこれを進達した。
4 被控訴人龍沢は、控訴人代表者から前述の「学校用地取得に関する契約書」の送付を受けるとともに、これに被控訴法人の署名、押印をしてその一通を返送すべきことの要請を受けたが、自己の独断で計画を推進していたという前記の事情から、右契約書原案に被控訴法人の署名押印をして契約書として完成のうえこれを控訴人側に送付することができないままに日を過した。他方、控訴人代表者は、右契約書が予期の如く返送されないことを懸念してはいたが、同年一一月二〇日には先に野村不動産との連名により岩手県知事宛に提出していた国土利用計画法に基づく届出書について売買金額の訂正等の所要の手続を済ませるとともに、その頃竜沢高校移転の用地としては野村不動産所有地のみでは足らず、隣接の前記共有土地等をも同時買収することが不可欠であり、すでに県知事に届出ずみの野村不動産所有地を除き、隣接土地についても改めて国土利用計画法に基づく届出を要するところから、その頃、被控訴法人の名義によりその届出をなすこととし、そのための書面を作成して被控訴人龍沢に送付した。
しかし、その直後頃被控訴人龍沢は、右国土利用計画法に基づく届出書提出の必要上、被控訴法人の理事長に対して竜沢高校の移転とそのための用地買収等の計画を明かさざるを得なくなり、初めてその計画を打ち明けたところ、独断でこの計画を推進してきたことも一因となり平素意思の疎通を欠きとかく折合のよくない理事長から強い反感をかつてしまいその計画について同意が得られず、将来、実弟の事務長を通じる等して理事長の説得を続けるとしてもその同意を得ることが容易ではなく、したがつて早急な計画の推進も困難な見通しとなつた。
そこで、被控訴人龍沢は、その頃、被控訴法人の代表者である理事長が計画に同意しないために国土利用計画法に基づく届出書を早急に作成して提出することができない事情にあることを前記菅原を介して控訴人側に伝達し、控訴人代表者もその頃右の事情を察知するに至つた。
5 控訴人代表者は、右の事情を知るに至つたものの、野村不動産との連名で提出した前述の届出について、岩手県知事から同年同月(五四年一一月)二一日付により、売買契約の締結について国土利用計画法二四条一項の規定に基づく勧告をしない(ただし、開発行為については森林法による林地開発の許可を要する。)旨の通知(甲第三号証の一)がなされ、野村不動産との間で本件土地の売買契約を締結するのについて、法律上の障害がなくなつたところから、いまだ、隣接地についての国土利用計画法に基づく届出とこれに対する行政上の措置が未了であつて、もし、隣接地についての買収に障害があるときは、本件土地のみでは学校用地として不足であつて計画全体の障害になるという事情はあつたが地理的、量的に買収予定地の中枢を占める本件土地を取り敢えず確保しておきたいと配慮し、同年同月二八日控訴人と野村不動産との間で、前記九八番四山林七万二〇五六平方メートル(本件土地)につき、控訴人がこれを代金二五六五万一〇〇〇円で買い受け、契約と同時に内金五六五万一〇〇〇円を支払い、同年一二月二〇日までに所有権移転登記手続に必要な書類と引換に残代金二〇〇〇万円を支払うこと等の約旨により売買契約(甲第三号証の四)を締結し、同日契約代金中、右内金の支払を了した(甲第一六号証の一)。
6 次いで、控訴人代表者は同年一二月六、七日頃、被控訴人龍沢と会い、右用地買収計画の推進について更に折衝したが、その際被控訴人龍沢は、被控訴法人の理事長の同意が得られないため計画を推進することができず、今後の推移の如何によつては学校移転計画の断念もありえないではないが、更に同意を求めて説得する旨を控訴人代表者に話し、控訴人代表者もそれを了承したが、その後同年同月一五日に至り、被控訴人龍沢から控訴人代表者に対し、理事長の同意が得られないため、学校移転の計画を取り止めたい旨の連絡がなされた。
しかし、控訴人代表者はすでに野村不動産との間で前述のとおり土地の売買契約を結ぶとともに、内金五六五万一〇〇〇円を支払ずみであつたうえ、同年同月二〇日には約定の残代金の支払期が到来するのに、被控訴人龍沢の右連絡によると、被控訴法人の理事者間における意思不統一のために学校用地の買収計画の遂行が危ぶまれ、すでに被控訴人龍沢の言を信じ、被控訴法人から正当に委嘱され、したがつて支障なく推移するとの予測のもとに契約した右野村不動産との土地買収が挫折して被控訴法人への売渡が実現できなくなるおそれが生じたため、同年同月一八日、控訴人代表者自身及び前記菅原らが竜沢高校を訪問して被控訴人龍沢及び被控訴法人の事務長(実弟龍沢正美)らと共に同日一〇時頃から午後四時頃まで話し合い、所期のとおりの計画の遂行を要求して折衝を重ねたが、被控訴法人の代表者たる理事長はこの交渉に加わらず、被控訴人龍沢が、理事長の同意が得られない以上は学校移転の計画を取り止めざるを得ない旨返答して譲らず、結局、所期の計画遂行についての確約を得ることができなかつた。しかし、被控訴人龍沢の行為に原因して控訴人が用地買収のための行動をし、前述の如く本件土地の売買契約を結んで一部の履行を終えているところから、控訴人の側から被控訴人龍沢の行為が刑事問題にもなりかねず、同被控訴人側の対応の如何によつては刑事々件にもしかねないとの態度を示してその責任を追及するとともに同人個人の責任においても土地取得を実現するよう要求するに至つたため、その対応に苦慮した同被控訴人は実現の見込もないのに自棄的となり「本件土地を代金二五六五万一〇〇〇円により昭和五五年一月一〇日までに取得する」旨の内容の「土地代金支払」と題する書面を、竜沢高校の校長の肩書を付した自己の名義で作成して(甲第六号証)、これを控訴人代表者に交付し、このようにして同日の折衝を終えた。そして控訴人はその二日後の同年同月二〇日野村不動産に対し残代金二〇〇〇万円を支払つた(甲第一六号証の二)。
7 しかしながら、被控訴人龍沢はその後の折衝においても右書面と同旨を確認したのに、右約束はその後控訴人からの催促にかかわらず被控訴人らのいずれからも全く履行されなかつたため、控訴人の代理人弁護士から被控訴法人(ただし、宛名を「学校法人竜沢学館代表者理事龍沢休美」とした。)対し、昭和五七年五月一二日付内容証明郵便(甲第七号証)により、二週間以内に約定の土地代金の支払をなすべきこと、その支払がないときは右約定を解除し、目的土地を第三者に一五〇〇万円で売却するので、約定の代金との差額一〇六五万一〇〇〇円及びその余の諸費用の支払を求める旨の申入れをなしたが、これに対し、被控訴法人の代理人弁護士から同年同月二五日付内容証明郵便(甲第八号証)により、被控訴法人の代表者は理事長のみであり、被控訴人龍沢には代表権がなく、控訴人に対して学校用地の買収を委嘱したことはなく、控訴人が野村不動産との間で土地売買の契約をしてもそれは国土利用計画法に基づく有効な届出がなくしてなされたもので、被控訴法人には何らの責任はなく、また被控訴人龍沢がした土地代金支払の約束は長時間の軟禁状態下においてなされたもので真意に基づくものではない旨、右申入れを実質的に拒否する回答がなされた。
8 そこで、控訴人は、野村不動産から買受けた本件土地を他に売却処分することとしたが、右土地はこれを野村不動産から買い受ける当時の鑑定評価額が、目的土地のうち林地相当分が一五一八万九〇〇〇円、宅地見込地一〇二六万七〇〇〇円で合計二五四五万六〇〇〇円であり、これを二五六五万一〇〇〇円として買い受けたものであつたところ、売却処分を決意した昭和五七年五月末頃には、右土地と周辺地一帯が盛岡市広域都市計画区域に編入指定される見込であることが予測されてその噂が広まつており、学校用地として公共的施設に利用する場合の外は用途が制限される見通しとなつて価格評価においても低廉とならざるをえない状況となつた(その指定は同年一〇月一二日付でなされたことは、控訴人と被控訴法人との間で争いがなく、被控訴人龍沢は明らかにこれを争わないので自白したものと看做される。)ため、同年六月三〇日、被控訴法人に対し同年七月二〇日限り右の支払をなすことを求める内容証明郵便を発するとともに、他方ではこれを訴外三国地所有限会社に対し、代金一五〇〇万円で売却する旨の契約を結び、後日その代金の支払を得て、自己の出費の一部を回収した(甲第四四号証)。
以上のとおりの事実を認めることができ、この認定を動かすに足りる証拠はない。
三右認定した事実関係に即して考察すると、まず、昭和五四年九月七日段階においては、被控訴人龍沢は控訴人代表者に竜沢高校の移転のための用地取得を目的とした買収意図を明示した書面(甲第一号証)を交付したに止まり、まだ本件委任契約は成立していない(控訴人自身、その主張に照らし、この段階での本件契約の成立を述べていない。)。
それでは、昭和五四年一〇月一二日の段階ではどうか。前記認定の事実によれば、被控訴人龍沢は、控訴人と、買収意図を明示した書面(甲第一号証)に基づき協議をし、口頭ではあるが、可成り詳細に打合せをしその協義もまとまつたものではあるが、両者の間には、契約書はもちろん、協義の結果の要約などのメモも取り交わされていないこと、さらに、合意が成立したとすると、被控訴法人にとつては大きな金額を負担する義務を生ずること、しかも両当事者とも合意の成立した分については書面化(甲第四号証参照)を予定していたことなどを考慮すると、被控訴法人との関係においてはもちろん、被控訴人龍沢との関係においてもいまだ口頭による本件委任契約の成立を認めるのは相当でない。
もつとも、被控訴人龍沢は、控訴人とともに、国土計画法に基づく届出や所轄行政庁に対する説明をするなど諸活動をしたが、このことだけでは、本件委任契約の成立を認めるに充分ではない(もちろん、本件委任契約が将来成立することを予定してなされたことは、間違いない。このようなことは被控訴人龍沢の不法行為に基づく損害賠償の請求の当否の関係では深く斟酌さるべきものである。)。
そして、前記認定に係る事実関係のもとでは、被控訴法人ないし被控訴人龍沢と控訴人との間において、他に、本件委任契約の成立を認めるべき事実関係は存しないから、結局、控訴人の本訴請求中、本件委任契約の成立を前提とする部分は、他に理事の代表権の有無や、表見代理の問題を判断するまでも無く、理由がないから、失当として棄却すべきである。
四1 次に、控訴人は、被控訴人龍沢が昭和五四年一二月一八日、竜沢高校においてなされた合意により(甲第六号証の文書の差し入れることにより)、被控訴法人が控訴人から本件土地を代金二五六五万一九三六円で買い受けることにするとともに自己がその連帯責任を約したと主張しているのであるが、前記認定のように、同日の話し合いにおいては、竜沢高校移転用地の取得の計画が挫折し、被控訴人龍沢としては被控訴法人を代表する資格もなく、理事長の同意も得られないところから長時間の交渉を通じて終始被控訴法人が土地を取得することができない旨を告げて、控訴人がすでに買い受けていた本件土地の引取りをも拒絶し続けたものの、自己の責任を追及されて、困惑のすえ、止むなく、同高校々長の肩書のもとに被控訴人龍沢が個人として本件土地を二五六五万一〇〇〇円により引き取ることを約する旨の文書(甲第六号証)を控訴人に差し入れるに至つたものであつて、控訴人主張の如く、被控訴法人が本件土地を買い受けることを約した事実も、被控訴人龍沢がその連帯責任を約した事実も、右認定の事実関係からはこれを窺うことはできないし、他にその主張事実を認める証拠はない。
2 もつとも、右認定の事実のとおり、被控訴人龍沢は同日右文書を控訴人に差し入れることにより自己が個人として本件土地を前記代金額により引き取ることを約したこととなるところ、控訴人は被控訴人龍沢に対する当審における予備的請求の原因としてこの事実をも主張しているので、更にこの約束の効力について検討する。
この点につき被控訴人龍沢は右約束が強迫による意思表示に当るとしてその取消を主張しているところ、同被控訴人が右の約束をなすに至つた動機については、同被控訴人が理事長の同意を得、或は被控訴法人の理事会、評議員会に予め諮つてその議決を得る等、学校用地取得のための所要の手順を経ていないに拘らず、これを控訴人代表者に秘したまま、後日それらの同意や議決が得られるであろうとの安易な見込みのもとに控訴人代表者に対して学校用地取得のための斡旋を委嘱した(この委嘱は将来の委任ないし準委任契約の成立を見込んだ準備行為であつて、前述の如く、この委嘱が基礎となつて、口頭による一応の合意をみたものの被控訴人龍沢としては書面の作成により意思内容を確定的なものとしたうえで契約を成立させる意図でありその意図が予定どおり進行するとの考えのもとに、控訴人がその書面作成の以前においてすでに用地買収斡旋の行為に着手して手続を進めるのを阻止せず放置した。)ことから、これに原因して(契約締結についての被控訴人龍沢の右意図とは別に、本件委任契約が成立したとの認識のもとにその活動をした。)控訴人と野村不動産との間で本件土地の売買契約を結ばせる結果となつたという重大な過失があり、控訴人からその責任を追及されればその責任を免れ得ない立場にあつたことが、右の約束をなした動機として多大の比重を占めていることは否定できないものの、より決定的な原因は、長時間にわたり刑事上の責任追及も辞さない態度のもとに責任を追及されて困惑の余り、自棄的な心境となり控訴人側の要求に否応なく応じるに至つたものであることは、右約束をなすに至つた背景事情と約束の内容が同被控訴人個人としてはその負担に堪えないほどの金額であるのを自己の一身で負担することとした、その内容自体からしてもこれを窺うことができるのである。してみるとこの意思表示は強迫のもとでなされたものと評価するのが相当であるから、その取消の主張は理由があり、結局、右約束も効力がないものというべきである。
被控訴人龍沢は右約束をその後の折衝の機会にも確認しているが、この確認も、右約束の延長線上にあり、強迫による意思表示の取消により失効したものである。
五控訴人は、予備的に、被控訴法人の理事である被控訴人龍沢に不法行為の責任があり、被控訴法人には理事の行為について法人としての責任があると主張しているところ、右四において説示したとおり、被控訴人龍沢は、学校用地取得のために当然必要とされる被控訴法人内部の諸手続を経ず自己が代表権がないにも拘らず、それを秘して、将来理事長の同意を得、或は所要の手続を無事経ることができるであろうとの安易な見込みのもとに、控訴人代表者との間に各種の話合いをなし、口頭により、本件委任契約と同一の協議をし(契約としての合意の成立と効力は認められないにしても)、控訴人をして、「本件委任契約」が成立したものとの認識を抱かせてその前提のもとに事務処理として野村不動産との間で本件土地の売買契約を結ぶに至らせた外、諸種の活動とそれらのための費用支弁をさせた。そして結局は、事態が見込み通りに進展せず、本件委任契約を成立させることができなかつたために控訴人の以上の諸活動を徒労に帰させ、費用支弁の効用をも一部無に帰させる結果となつたことは先に認定した事実関係から明らかである。したがつて前記事実関係のもとでは、本件委任契約は法的拘束力を有する合意としては成立しなかつたとしても被控訴人龍沢は被控訴法人の理事としてその職務を行うについて通常必要な注意義務を欠いた過失により第三者たる控訴人に対し損害(その具体的な内容と数額は、のちに更に検討する。)を生じさせたものということができ、被控訴人龍沢は行為者本人として民法七〇九条により、被控訴法人は同理事の属する法人として私立学校法二九条、民法四四条により、それぞれ、相当因果関係に立つ損害について賠償の責任があるというべきである。
六以上の考察に基づき、次に、控訴人の請求当否について検討する。
1 被控訴人らに対する委任事務処理費用の償還請求(主位的請求)について
(一) 本件委任契約が結局成立したといえない(被控訴人龍沢の代表権の有無も、表見代理も問題とする余地がないこと前述のとおりである。)ことは先に説示したとおりであるから、これが成立したことを前提としてその事務処理に要したという費用について、被控訴法人にその償還を求める控訴人の請求はその余の点の判断をまつまでもなく理由がない(もつとも、前記説示のとおり、本件委任契約は成立しなかつたものの、「本件委任契約」のための協義の当初においては、控訴人は契約担当者の被控訴人龍沢に代表権がないことを知らずに、契約が成立し有効なものであるとの認識のもとにこれに基づく一部の準備活動に着手していたのであつて、その準備のために幾何かの費用を支弁したものと推認されるけれども、「本件委任契約」の協義においてはそれらの準備活動の費用は控訴人が負担することとされていたことも先に認定説示した((なお、控訴人の主張においても同様である。))とおりであつて、その費用償還を求める余地がないことに変りはない。)。
(二) 控訴人は被控訴人龍沢に対し被控訴法人の連帯債務者として委任事務処理費用の償還を求めるが、その理由がないことは右(一)と同様である。
2 被控訴人らに対する民法四四条及び七〇九条に基づく損害賠償請求(予備的請求(一))について
(一) 前述五で説述した如く、被控訴人らは、控訴人に対し、本件委任契約が成立したものとしてその委任事務の処理として行動し、費用の支弁をしたのについて、それぞれ、民法の前記法条に基づき損害賠償責任を負うべきものである。
そこで、その損害額について更に検討するに、前顕甲第一〇号証の一及び原審における控訴人代表者本人尋問の結果によると控訴人は野村不動産から本件土地を買い受けたことにより、土地代金二五六五万一〇〇〇円のほか、契約書印紙代、登記手続費用、土地取得税、固定資産税、測量関係費及び出張費用(ただし「本件委任契約」について口頭の協議がなされた昭和五四年一〇月一二日以後のものに限る。)として少くともその主張の金額を支出した(出張費用については右同日以後のものでも、少くとも控訴人主張の金額に達する。)ので、その合計額二八四九万九七六〇円の損害を受けたものと認められる。もつともそのうちには、本件委任契約の成立が危ぶまれる昭和五四年一一月下旬以降の分も含まれるが、被控訴人龍沢は被控訴法人代表者の説得につとめる旨を約してその努力を続け、控訴人側もそれを信じて行為をし、また、その後の事後処理に要する費用(測量費用含めて)として相当であると認められるから、被控訴人龍沢の不法行為によつて生じた損害と認めるのが相当である。
(二) 控訴人はこの外に、土地買入資金借入の利息六四一万二五〇〇万円を損害として主張するが、不法行為に基づく損害賠償においては現実に出費し、或は得べかりし利益を失つた金額に対する法定利率による金額をもつて、通常生ずべき損害と目すべきものであつて、控訴人主張の如き借入金利息は特別事情に基づく損害というべきであり、本件においてはそれを容認するのを相当とすべき事情は認められない。
(三) ところで、控訴人は、右損害額中の土地代金二五六五万一〇〇〇円については、その後本件土地を一五〇〇万円で外に売却処分してその金額の限度で損害を回復したと主張し、これを控除して賠償請求額を計算しているところ、本件土地が右主張の代金額により他に売却処分されたことは先に認定したとおりであるから、この金額は損害の回復として損害賠償額からこれを差し引くべきものである。
被控訴法人は右売却代金が低廉に過ぎると主張するけれども、控訴人が右代金額により本件土地を処分するに至つた事情は先に認定したとおりであり、この事情のもとでは、買受希望者との相対的な交渉の経過を経て決定した売買価格が、事情変更前の土地鑑定評価額より相当程度下回るに至つたとしても、このことをもつて、不当に低廉な価格決定とすることはできないのであり、本件においては、右の売却価額を不当に低廉なものとすべき理由はない。
しかし、右代金の取得をもつて損害の回復とし、その控除をするには、被控訴人らの賠償義務の範囲を定めたのちの金額を対象にして、それから控除すべきものと解するので、これはのちに控除することとする。
(四) ところで、右損害のうち、幾何を実際に賠償するのが相当であるかについては、控訴人側にも損害の発生ないし拡大について過失があれば、これを参酌するのが相当であるので、以下過失相殺の事情について考察する。
先に説示したとおり、控訴人代表者は、被控訴人龍沢から学校用地取得のための土地買収について委嘱(委任契約は成立しなかつたが)を受け、当初同人が被控訴法人の代表権を有せず、理事長の同意の取付やその他の所要の手続を践まずに独走して右の委嘱をなしたものであることを知らないままに委任契約が成立したものとしてそれに基づく事務処理に着手したがその後「本件委任契約」中の中核的な要素をなす野村不動産との間の本件土地売買契約を結ぶ昭和五四年一一月二八日の直前頃には、被控訴人龍沢に代表権がなく、かつ被控訴法人の理事者間の確執のため本件委任契約を結ぶについて理事長の同意を取り付け、或は理事会、評議員会の議決等、被控訴法人内部における所要の手続を践むことが果たして期待のとおり実現するかに疑いが持たれる状況であることを察知するに至つたのに拘らず、なお被控訴人龍沢の努力によつて右問題点が解消されるであろうとの期待をつなぎ、事務処理を更に進めて本件土地の売買契約を結ぶとともに直ちにその代金の内金の支払をし、また、残代金の二〇〇〇万円については、被控訴法人に学校移転の意思がなく本件土地の引取りを強く拒否しているという事情を知りながら、その時点に至つてはもはや野村不動産との間の売買契約を解消することができないとの判断のもとに敢てその支払を済ませた(売買契約解消については売買契約書((前出甲第三号証の四))によると買主の違約により売買契約が解除されるときは、売買代金の二〇パーセント(計算上五一三万円余となる)の額の違約金を支払う旨の約定((契約の一一条))がなされていることが認められる。)という事情が存在するのである。
そして、本件土地代金の支払による損害が前記認定の損害中多大の部分を占めるものであるから、右説示の事情によれば、損害の発生と拡大について控訴人にも相当な過失があつたものと評価せざるをえない。したがつてこの事情を参酌し、前記(一)に認定の損害額(二八四九万九七六〇円)の約八割強分に相当する二三〇〇万円をもつて被控訴人らの賠償義務を負う額と認めるのが相当である。
(五) してみるとこの金額から、前述の本件土地売却代金の取得による損害の回復額一五〇〇万円を控除した八〇〇万円が被控訴人らの現実の賠償義務を負う金額となる。
したがつて、被控訴人らは控訴人に対し各自(不真正連帯)八〇〇万円とこれに対する訴状送達日の翌日であることが記録上明らかな昭和五七年六月二四日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務があり、控訴人のこの点の予備的請求は以上の限度で理由があり認容すべきであるが、その余は失当として棄却すべきである。
3 被控訴人龍沢に対する昭和五四年一二月一八日付約束に基づく請求(予備的請求(二))について
控訴人は被控訴人龍沢が右同日本件土地を代金二五六五万一〇〇〇円により引き取る旨を約束したとの事実に基づき債務の不履行に基づく損害の賠償として右金額から本件土地売却代金一五〇〇万円を控除した残額中右予備的請求(一)において認容されない分につきその支払を求めるのであるが、右約束(甲第六号証)がその後の意思確認をも含めて強迫に基づく意思表示として取り消され失効したものと認めるべきことは先に説示したとおりであつて、控訴人のこの点の予備的請求は理由がなく、棄却を免れない。
六結論
以上の次第で、控訴人の請求は、被控訴人らに対して六2(五)の金員の支払を求める部分を正当として認容すべきであるが、その余は本位的請求(全部)も予備的請求(予備的請求(一)の右認容額をこえる残部及び同(二)((当審における新請求))(全部)も失当として棄却すべきであり、原判決は以上の判断と結論を異にする限度で不当であつて本件控訴は一部理由があるので民事訴訟法三八六条、三八四条一項に従い原判決を変更し、当審における新請求を棄却し、訴訟費用の負担につき同法九六条、九二条、九三条、八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官奈良次郎 裁判官伊藤豊治 裁判官石井彦壽は長期出張のため署名押印することができない。裁判長裁判官奈良次郎)